Princess Letter(s)! フロムアイドル

これはいつかの。
あたし(たち)の話。

春。別れの季節。

小さな頃の。
笑顔を知らなかった自分にさよならをして。

春。出逢いの季節。

あまねく桜が舞う頃の。
花びら触れた頬が緩む自分を受け入れて。

春。夢見る季節。

いつか笑顔をくれた〝あなた〟のように。
いつか笑顔を〝だれか〟に届けられるように。

春。希望の季節。

どうしようもなくアイドルを目指す私は。
その一歩を──踏み出した。

* * *

今日は四月一日。
世間では入学式だったり。始業式だったり。

そんな新しい一日の始まりに。

女子寮から校舎へと向かうあたし、雁矢よしの。
は、私立・常和歌(ときわか)学園高等部に。
編入が決まった2年生。

都会の喧騒から離れた山の中に建つその学園は。
全寮制のトップアイドル養成学校で。

入学する時に選べるたくさんの制服の中から。
あたしの名前にちなんだ桜色のそれを選んで。
どこまでも蒼い空の下。
スカーフをきゅっと結び直して。

一歩。また一歩。
緊張を隠せないまま歩いていく。

今日は四月一日。新年度の始まり。
女子寮から校舎へと向かうあたし、雁矢よしの。
に、とって。

春はやっぱりどうしたって、特別な季節だった。

「……あれ?」

桜の花びらが舞うその道すがら。
舗装された路面から少し外れた丘の上に。
小さな女の子。が、ひとり。立っていて。

それは今どき珍しい着物姿で、頭には狐のお面。
手には大切そうに紅い風船の紐を握りしめている。

まるで季節外れの縁日から。
迷い込んできたかのような女の子だった。

「どうしたんだろ」

あたしが足を止めたのは。
その見た目が気になったからじゃなくて。

その女の子の。
斜めに被ったお面の下から覗くその表情が。

なんだかとても……寂しそうに見えたからで。
まるでいつかのあたしみたいに。
どこか空虚に見えたからで。思わず声を掛けた。

「こんにちは」

少しだけ。女の子は目を瞬かせて。

「この学校の子?」

尋ねても。女の子は首を傾げて。

「なにしてるの?」

もう一度。女の子は目を瞬かせて。

返事を待っていた最中。

大きな風が、まわりを吹き抜けた。

思わず細めた視界の端で。
女の子の左手から、するりと。

持っていた風船の紐が、抜けていくのが見えて。

「──あ」

瑞々しい果実みたいに紅い風船は。
桜の花びらを乗せた春風に吹かれて。

どこまでも蒼い空へと──飛んでいった。

* * *

一歩。また一歩。
足はどんどん早くなって。

一歩。また一歩。
躓きそうになるのを踏ん張って。

蒼い空の中に浮かぶ、真っ赤な風船を。

──ちょっと待っててね。

なんて。着物姿の女の子に一声かけて。

風に揺られながら。優雅に漂う紅い風船を。
取り戻すために追いかけて。

あたしは青空の下を進んでいた。

「あっ」

その視界の先で、風船が。
背の高い木に引っ掛かったのが見えた。

その木のふもとには。

「……大丈夫、ですか?」

女の子。が、ひとり。
木の幹に背中を預けて座っていて。

本を読みながら。その黒髪の少女は。
不思議そうな視線をあたしに向けて。

「大丈夫、ですか?」

心配そうに繰り返した。あれ?
あたしそんなに大丈夫じゃないように見えたかな?
なんて思ったりもしたけれど。
こんなにも春麗かな空の下。
おろしたての制服を汗だくにしながら。
髪も乱れて、息を切らすあたしは確かに。

「えへへ、どうしたのかなって思うよね」

それでも不安そうに首を傾げる彼女へ。

「大丈夫だよ、ありがとー」

お礼を伝えながら、一歩下がって。
ゆっくりと視線を上にずらした。

「……?」

その黒髪の女の子は、本をぱたりと閉じて。
不思議そうに立ち上がって。
あたしの方に近づいて来ると。

「……あ」

その目線の先で。
木の枝に引っ掛かって。
所在なさげに揺れる紅い風船。に。
気付いたみたいで。

「すみません……木登りの経験は、今までなくて」

あたしは首を振りながら、

「あたしも。したことないや」

黒髪の女の子はもう一度、風船の方角に目をやって。

「紐の先に、何かついてますね」

「ほんとだ。あそこが引っ掛かってるみたい」

掌を瞼の上にあてて目を凝らすと。

「なんだろう……封筒、かな」

その陽光の中で煌めく風船の紐の先に。
結ばれているのは、白い封筒のように見えた。

「お手紙──きっと、大切なものですよね」

黒髪の女の子は小さくつぶやくと。
そのかかとに手を掛けて。
履いていたローファーを脱ごうとしてくれた。

「あ! 大丈夫だよ、あたしが登ってみるから」

「ですが……」

そんなやり取りを何度か繰り返したあとに。

にゃあ。なんて。

少し場違いにも思える声が聞こえてきて。
その方角──樹上の枝先に目をやると。

「……猫?」

あたしがそうつぶやいたら、彼女は。
背の高い黒髪の彼女は。
どこか恥ずかしそうな表情を浮かべて。
目線を下に逸らした。

「たまたま、見つけたんです。木の上に登っていくのが見えて。そのまま枝の上で居眠りさんをしていたので、私も──時間まで、ここで本を読んでいようかなと」

「猫、好きなんだ」

少女はやっぱりどこか恥ずかしそうに。

「……はい」

こくんと頷いた。

樹上にいる白い毛並みの猫は。
その先端でゆらめく風船に興味を持ったみたいで。
ゆっくりと。器用に。
木枝の上を進むと、風船に一度。二度。

前足で弾くように触れて。
その三度目で。ふわり。

風船は枝から外れて。
また蒼い空へと飛び出した。

「あっ!」

お互いに脱ぎ掛けていた靴を慌てて履き直して。
あたしと黒髪のその女の子は。
自然と風船の後を追うように──

ふたりで駆けだした。

* * *

一歩。また一歩。
足はどんどん早くなって。

一歩。また一歩。
持っていた荷物はなくなっていて。

どこに放り出したかも覚えてないけれど。
それよりも今は。

蒼い空に浮かぶ真っ赤な風船。を。
追いかけて。あたしは。

その猫好きな黒髪の女の子とふたり。

青空の下を進んでいたら。

「そんなに急いでどしたの?」

なんて。急に声が聞こえて。
振り向くと小柄な女の子。が、ひとり。
隣を流れていた小川に架かる橋の手すりに。
ちょこんと。座っていた。そんな彼女は。

「もしかして、運動会?」

なんて。足をぷらぷらさせて。
手にした何かを一口。
頬張りながら聞いてきたので。

あたしたちは足を止めて。
息を切らしながら答えた。

「あはは、運動会では、ないかなー」

「ふうん」

彼女はまた手にした何かを一口。二口。
食べながら続けて。

「でも……なんかね、楽しそうだったから」

「楽し、そう?」

「うん!」

その小柄な女の子は元気な声で。
無邪気な微笑みを浮かべながら。

「だからね。あたしも参加していい?」

慣れた様子で手すりから飛び降りて。
あたしの視界の先──
蒼い空にたゆたう風船に気が付くと。

「あそこがゴールだねえ」

なんて。嬉しそうに口角を上げて。
赤い魚の髪飾りで止められた、
お団子頭をぴょこんと跳ねさせて。

「タイヤキ食べたばっかだし、負けないよう!」

と。それまで食べていた何か──鯛焼きが入っていた紙袋をくしゃりと肩掛けのバッグに仕舞うと。

そのまま勢いよく、橋の床板を蹴った。

「あ、待って!」

あたしは黒髪の女の子の方を振り向くと。
息を整え、頬を上気させる彼女と目が合って。

「楽しそうに……見えたんですね」

勢いよく走り出した小柄な女の子が言っていた、
『運動会』なんて、やっぱり季節外れの言葉を思い出しながら、お互いに頬を緩ませて。

「だったらあたしたちも。負けないようにしなきゃだね」

「……はい」

こくりと。どこか嬉しそうに頷いた彼女と一緒に。
あたしたちはまた、青空の下へと飛び出した。

* * *

一歩。また一歩。
足はどんどん早くなって。

一歩。また一歩。
息を切らして。おろしたての制服を汚して。

蒼い空の中に浮かぶ、真っ赤な風船を。

あたしは──あたしと。

猫好きな黒髪の女の子と。
無邪気に笑う小柄な女の子と。

──名前も知らない彼女たちと一緒に。

青空の下を駆けていたらいつの間にか。
風船の高度は、随分と下がっていて。

少し。あと少し。
そう思った矢先。

「あっ」

開けた空間の奥に、柵のようなものが目に入って。
それに両手をつくようにしながら、走っていた勢いを弱めて。
下を覗き込むとその先は……まるで深い谷のように斜面が切り立っていて。

「これ以上は、進めないかな」

息切れ混じりにつぶやいて。
もうちょっとで届く距離にある風船を見上げて。
唇をきゅっと噛み締めたところで。

あたりをまた、大きな風が吹き抜けた。

風船は揺らぐと、あたしたちのいる地表まで。
ゆっくりと。ゆっくりと。
踊るようにして降りてきて。

──お願い。

誰からともなく、そうつぶやいてから。

あたしは。あたしたちは。
柵に体重を預けて。
風船に向かって。〝ゴール〟に向かって。

手を──伸ばす。

その指先が。紐の先に結ばれていた封筒に。

かかった。

「やった! ──あっ」

掴んだ勢いで。
風船の紐が、はらりとほどけて。

それはあたしの手から。あたしたちの手から。
するりと。抜けて。

紅色の風船は、そのまま風に揺られて。
優雅に。深く。蒼い空の中へと消えていった。

「……いっちゃった」

手の中には、何も書かれていない白い封筒──
一通の手紙だけが、ぽつんと取り残されていて。

「風船は、残念でしたが……お手紙だけでも」

黒髪の女の子が、肩を上下させながら言った。

「だれのお手紙~?」

続いて小柄な女の子が、額の汗を拭いながら言った。

「あ……えっと。実は、あたしのじゃなくって」

風船の持ち主──着物姿の少女のことを思い出して。

まわりの草木がざわめくように音を立てる中。
あたしたちはゆっくりと、息を落ち着かせてから。

これまで追いかけてきた元の道を戻ることにした。

「それにしても……」

黒髪の女の子が、まわりを見渡しながら言う。

「随分と遠くまで来てしまいましたね」

* * *

まるでおとぎ話の中で。
迷わないための目印みたいに点々と散らばった、
お互いの荷物を集めながら。

他愛のない話をしながら。

着物姿の少女がいた場所に戻ってはみたけれど。
そこに、彼女の姿はもうなかった。

「お手紙……本当にその子のだったのかなあ」

小柄な女の子が眉を下げながら言ったので。
あたしはもう一度その封筒を確かめてみたけれど。

「なんにもね、書いてなくて」

──親愛なる、

だなんて。昔もらったあの手紙みたいに。

『名前もないだれか』に──つまりは、あたしに。

宛てられたものだったら良かったけれど。

今の私はもう、自分の名前を。その意味を。
前よりずっと、知っていると思うから。

そのための今で。
そのための『これから』だから。

「……きっと、だれかに届けたかったんだと思う」

手元に残された封筒を。その宛名の無い手紙を。
今の私はどうすることもできなくて。

「また、会えるかな」

まるで別の季節から迷い込んできたような。
いつかのあたしにどこか似ていた彼女に。

風船は遥か彼方に飛んで行ってしまったけれど。
せめてこの手紙は──渡せる日が来るといいな。
なんて、思っていたら。

「きっと会えるよう!」

「はい。いつか、きっと──必ず」

その不安をかき消すように。
ふたりは笑顔を向けてくれた。

「……ありがとう」

見上げた空には。もう風船は見えないけれど。
蒼くて高いその空に、どこからか。

鐘の音が、鳴り響いた。

「そっか、旧校舎のところまで戻って来てたんだ……あれ? そういえば……」

からんからんと『なにか』を知らせる、
小気味よい鐘の音が鳴り終わったところで。

「あー!!!」

その大切な『なにか』のことを思い出す。

「わわ! どうしたの? おっきな声出して」

「……始業式、忘れてた」

「「あ」」

目の前のふたりは声を揃えて。
そのあとお互いに顔を見合わせた。

「どうしよ~! また怒られちゃう、、、」

「た、大変です……急がないといけませんね」

「ごめんね、あたしが付き合わせちゃったからだ」

「「そんなこと!」」

また揃った声にふたりは。
しばらくしてから微笑み合って。

「自分のしたいように行動しただけです。それに」

「すっごく! ドキドキしたよう!」

そんな優しい言葉をくれたふたりに。
なんだか頭が、心が。じいんと温かくなって。
感謝を伝えようとしたけれど。

「そういえばまだ、ふたりのことなんにも──」

お互いのことどころか。
名前すらも知らないあたしのために。
息を切らして。おろしたての制服を汚して。
荷物も放り出して。大切な日に遅刻して。

走ってくれた彼女たちに大きく頭を下げて。
上げて。いっぱいのありがとうを伝えて。
笑顔を作って。

「もう『はじめまして』じゃないけど、あらためて」

きっと今のあたしは。
息を切らして。おろしたての制服も汚れて。
荷物も泥だらけで。肝心な日に遅刻して。

きらきらとしたアイドルのイメージからは。
随分と程遠いかもしれないけれど。

それでも。
このふたりになら。ううん。

このふたり『と』なら。

きっと理想のアイドルをお互いに目指して。

かけがえのない時間を過ごせるって。

「あたしの名前は──」

そんなことをはじめて、想った。

* * *

春。いつかの春。

あまねく桜が舞う頃の。
あたしの名前にちなんだ季節。
あたしにとって特別な季節。

なにかを失って。なにかを手に入れて。
走り回った蒼い空の下で。

あたしたちは、その春。

どうしようもなく──出逢った。

雁矢よしの ポエトリーノベル#1
『いつかの春〜Floating Balloon(s)!〜』
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